「なぜやろうとしないのか?」
数年前に亡くなった父に中学の時に言われた言葉
今でも覚えていて当時の自分は、勉強でも部活でもやりたいことはあってもいまいち行動できない。
勉強を頑張りたい。けれど家に帰るとテレビをみてしまう。
努力しないから兄弟の中でも一番自分が成績が悪い。
頑張りたい気持ちはあるし、テストの直前まで勉強せずに後悔して
一夜漬けで勉強するも間に合わず、大した点数は取れなかった。
どうして自分は努力が出来ないのだろう?
自分に対する嫌悪感と周囲に対しての劣等感を同時に抱える子供。
社会に出てからもそう。
何をやっても上手くいかない。
頑張りたい気持ちはあるけれど、2年以上仕事を続けられたことがない。
完全なる社会不適合者。
28歳の時に背水の陣で臨んだのが今も続けている不動産営業の仕事。
今までの人生全部ダメだったのだから、死に物狂いで頑張ってみよう。
そうしてようやくやって来れたのが今の仕事。
なぜ出来るようになったのか、自分でも分からない。
営業の仕事が向いていたのか?
人の何倍も努力もしたから?
よく分からないけど、
自分にもこの仕事しかないと思っている。
今日も頑張っていこう!








父親の言葉は、
「なぜやろうとしないのか?」ではなく
「なぜ自分で人生を追い込むのか?」
たぶんそこまで見抜いていたんじゃないかな。
追い込まれた時だけ本気になる。
背水の陣なら頑張れる。
でも、安定すると壊す。
会社を辞めたのも、起業したのも、
後輩が辞めたのも、偶然じゃなくて
「また背水の陣を作り直しただけ」では。
勉強も、仕事も、人生も
ずっと同じ構図。
努力できないんじゃない。
平和な状態で努力する方法を知らないだけ。
だからトラブルを起こして、
また「ここから這い上がる自分」の物語を作る。
もしそうなら、本当の問いはこれかもしれない。
つまり、「なぜ世界が自分中心だと思ってしまうのか?」
という問いだったのかもしれません。
数字という鎧で自分を隠している少年のように
見えてしまうんです。
独立して自由を手に入れたはずなのに、
動画で前の職場の愚痴や倒産話をネタにされるのは、
結局のところ、あなたが精神的にまだその組織から
自立できていない証拠ではありませんか。
過去の自分を切り捨てた対象を貶めることでしか、
今の自分の正しさを証明できない姿は、
経営者として、また一人の大人として
少し脆く感じてしまいます。
武装を全て取り払ったとき、
あなたには一体何が残るのでしょうか。
その鎧を脱いだら、自分でも自分を
愛せないことを一番恐れているだけなのでは。
過去の自分を否定するために、
今日を犠牲にするのはもうやめましょう。
あなたはもう、十分すぎるほど努力の価値を証明しました。
誰に何を言われようと、あなたは生存者です。
過去の自分を殺すための努力は、もう卒業です。
今日からきちんと計算し、仕組みを設計し、
誰かと共に生きるための組織を。
もっさん、「これだよ、これ!」って生きてる
実感得てるんだろうけど、もうそんなことしなくても、
もっさんの価値は1ミリも揺るがないんだよ。
これまでに積み上げた数字も、スキルも、
もっさんを信じてついてきてる連中も。
全部、もっさんが必死に戦って勝ち取った本物だ。
もう十分すぎるくらい証明したじゃん。